
相談のある人は、いつでも会いに来てとかいつでも電話してきてと言っていますが、会員たちは、会いに来る派は少なくて、電話派も5人といません。ほとんどがメール派です。みんな忙しいからね。短文の人が多いんですが、時々長いメールを書いてくる会員もいます。でも、この長いメールを書くことは重要!
もちろん、心のひだって話さないとまどろっこしくて文章化できないとか私との会話で道筋をつけたいとか言う人もいるでしょう。私も友人とは、電話ではほとんど話はしないけれど、込み入ったことは会って話して会話で行きたいときがあります。詳細を文章で書いて返事を待ってとやっていられないような時ですね。
けれども、文を書くという作業は、自分で自分の気持ちの整理ができます。だから、メールを書いていて自分で支離滅裂になって来て、読み直しをしているうちに段々と整理されて、答えが自分で見つかることもあります。私から、それでいいよと言ってもらえたら安心して進めるのだというところまでたどり着いていたり。そう、すると私は答え合わせ係りになります。
また私から真逆な質問が来たりして、実は・・・と、真逆な本心に自分で気づいたり、いや、違う!と自分の気持ちが、確認できたり。書いてくる文章から、自分を擁護しているだけで、相手のことは無視しているだけ、うわべでは相手を労わってるように書いてくる人は、どうしても文面に出ちゃうのですよね。どう取り繕って書いても。または、本人がそれさえ気づいていない場合もあります。
その時は、ストレートに、返事します。自分のことしか考えてないの?と。そこで、本人ももう嫌な自分から逃げられない本心と向き合い、結論を出せるから。自分を飾りたい、よく見せたいが勝っていて、本当のことを書かないと、こちらも正しいアドバイスはできないですしね。私へ取り繕う必要はないんです。
本当のことを書いてくれれば、本当のことに対するアドバイスが言えるわけです。うその気持ちを書いてきたら、私が送るアドバイスはとんちんかんでしょう、本人にとっては。それでは私がいる意味がない。ですから、私へは本心の長文メールを書くことで、自分と向き合うのが結果自分にとっても良いのです。その過程は苦しくとも、結果的には自分が楽になりますよ。